無神経な男のはなし

○月×日
 今日から解体業のアルバイトをはじめる。
 現場は郊外の山奥にある大きな一軒家で、ウワサでは幽霊が出るとか言われていたらしい。他の作業員はみな気味悪がっていたが、自分にはどうもピンとこない。
 昼休みに弁当を食べたあと、用を足しに空き家の裏の茂みに入っていったら地面に四角い石柱のようなものが埋もれているのを見つけた。長靴で蹴って掘り起こし小便をかけて表面の泥を洗い流すと、名前と日付のようなものが彫られていた。どうも墓石のように見える。こんなところに転がしておくとは罰当たりな話だ。

○月×日
 ゆうべ変な夢を見た。
 夜中にふと目をさますと枕元に女が座っている。ぼろぼろの白い着物を着て長い髪を垂らし、うつむきながらなにか小さな声でブツブツつぶやいている。なにやってるんだろうと思って観察していると、不意に自分の寝顔を覗き込むように顔を近づけてきた。髪の毛に隠れてよくわからなかったが、青白い顔に大きな眼をした若い女だった。
 せっかくなので話しかけようと思ったがなぜか声が出ないし体も動かせない。そうこうしているうちに面倒になったのでそのまま寝てしまった。
 目が覚めると、当然女の姿はなかった。ちょっともったいないような気がした。

○月×日
 解体のアルバイト三日目。気がつくと自分以外の作業員の顔ぶれがほとんど変わっていた。残っている人たちもどうも顔色がすぐれない。みんなちゃんと寝ていないのだろうか。
 寝るといえば、昨夜もあの女が枕元に座った。なんで毎晩こんな夢を見るのか見当もつかないが、なんだか彼女に慕われているようで悪い気はしない。

○月×日
 作業を切り上げてアパートに帰ると、あの女が部屋の中にいた。本棚の影にぼうっと立っているのが視界の隅に入るのだが、正面から見ようとすると見えないし、手で触れることもできない。まあ男の一人暮らしなので女っ気があるのはいいことだが、なんだか常に見られているようで落ち着かない。

○月×日
 今日の作業は休み。雇い主の話では他の作業員がすぐにやめてしまうので、人手が足りないらしい。自分も他のアルバイトに乗り換えようかと思ったが、日当をアップするのでやめないで欲しいと頭を下げられる。ラッキー。
 することがないので一日部屋で過ごす。女の姿は日に日にはっきり見えてくるが、あいかわらず意志表示のないままこちらを眺めている。アダルトビデオを見ながらオナニーしているときはちょっと恥ずかしいが、いつもより興奮した。

○月×日
 今日から作業再開。朝起きて作業服に着替えようと思ったら、ズボンのウェストがぶかぶかなことに気づく。いつのまにか体重が落ちて痩せてきているらしい。ちゃんと三食食べているのにおかしな話だが、ダイエットしようと思っていたのでちょうどよかった。
 本棚の陰の彼女に「いってきます」と言い残して部屋を出ると、隣室に住んでいるOLと鉢合わせした。妙にやつれた顔をしていて、こちらの顔を見るとあいさつもしないで逃げるように走り去ってしまった。変な女だ。

○月×日
 作業中に梁が落ちてきて、隣にいた作業員を直撃する。幸いヘルメットを被っていたので大事に至らなかったが、毎日かならずなにか事故が起こっているような気がする。みんなもっと注意してほしいものだ。
 帰りに駅前のそば屋でカツ丼の大盛りを食べ、腹ごなしにぶらぶら歩きながらアパートの近くまで来てふと自分の部屋の窓を見上げると、曇りガラスにあの女がべったりと張りつくようにして立っていた。まるで夫の帰りを待つ新妻のようでちょっと微笑ましい。
 早く部屋へ帰ろうとしたら、目の前の道ばたで塾帰りらしい小学生の女の子が真っ青な顔をしてガタガタ震えていた。立ったまま小便まで漏らしている。なにかよっぽど恐ろしいものでも見たのだろうか。

○月×日
 今日になって気づいたのだが、隣のOLをはじめアパートのほとんどの住人が引っ越してしまったらしい。おかげで夜中も静かで過ごしやすい。
 女の姿はいまでははっきり見えるようになっていて、長い髪のあいだから覗く顔がちょっと女優の谷村美月に似た顔をしている。「おやすみ、美月」とか「おはよう、美月」とか勝手に名前をつけて日夜話しかけているが、依然として反応はなく睨むようにして見つめている。どうもかなりの人見知りらしい。
 思い切って着物の上から胸のふくらみを触ろうとしたが、なにもない空間をつかむだけだった。そんなにケチケチしなくてもよかろうに。
 頭にきたので、彼女の目の前で勃起した陰茎を丸出しにしてオナニーしてから寝た。

○月×日
 あまりにも事故が多いので、現場にお坊さんがきてお経を上げていった。みんな意外と迷信深い。
 帰宅すると、彼女が怖い顔をして宙に浮いたまま部屋の中をぐるぐる回っていた。なにか嫌なことでもあったのだろうか。面倒なのでそのまま布団を敷いて横になったが、顔の上に彼女の白い足がチラチラ見えるのが落ち着かない。せっかくなので下から着物の中を覗きながら一発抜いて寝た。

○月×日
 今日でアルバイト終了。解体し終わった廃材をすべて運び出す。あの倒れた墓石も運び去られた。どこかのお寺に安置するらしい。
 予定よりもはるかに多い給料をもらったので祝杯を上げようとビールを買って帰ると、部屋から女の姿が消えていた。正直最近は彼女の存在がうとましくなってきていたが、いざいなくなると寂しい。

○月×日
 ゆうべ目が覚めると、女がひさしぶりに枕元に座っていた。
 また顔を近づけてきたのでなんとなく手を伸ばすと長い髪の毛に触れることができた。まるで泥沼に手を突っ込んだような感触とともに指先になにかがまとわりついてきたので思わず手を引っ込め、正座した彼女の着物の裾に指の汚れをごしごしこすりつけた。そのとき初めて女の膝に触れたが、着物越しに氷のような冷たさが伝わってきた。不意に彼女に対する感情が冷めるのを感じて、そのまま横を向いて寝てしまった。
 眠りに落ちる直前に女が耳元でなにか囁いたような気がしたが、朝目覚めるときれいさっぱり忘れてしまっていた。

○月×日
 あれから女は姿を現わしていない。
 テレビのニュースで、バイトの雇い主だった工務店が原因不明の火事で全焼したというニュースをやっていた。給料をもらったあとで本当によかった。
 ビールを飲みながらコンビニで買ってきた求人誌を眺めて、新しい仕事を探す。今度は若い女の子のいる職場がいいな。とりあえず今日もオナニーしてから寝よう。