ジェイムズ・P・ホーガン「未来の二つの顔」

未来の二つの顔 (創元SF文庫)

未来の二つの顔 (創元SF文庫)

 ホーガンの本はずいぶん前に「星を継ぐもの」を読んで以来ご無沙汰だったのですが、本書も難解な専門用語の障壁さえ乗り切れれば、大変に面白い小説です。
 高度な人工知能ネットワークが地球上を覆っている近未来。月面で起きた事故をきっかけに浮上した“自己推論型コンピュータは人間の脅威となりうるのか?もし両者が対立した場合、人間は主導権を守れるのか?”という人類の未来を左右する疑問を解くために、巨大スペースコロニーに5000人の精鋭を送り込んで行われる壮大なシミュレーション。想定しうるあらゆる安全策を用意したうえで、コロニーの居住区を管理する人工知能スパルタクス”にさまざまな妨害を仕掛ける軍人と科学者たち。はじめは故障部分を修理し続けるだけの“スパルタクス”ですが、次第に人間側の予測を上回る防御策をとるだけでなく、自己の活動を妨害する“敵”の存在を認知し、これを排除すべく武力行使を用いるようになります。
 多大な犠牲を払った血みどろの戦いの果てに、万策尽きた人間側はついに撤退作戦を開始しますが、“スパルタクス”はすべての“敵”を殲滅するためにミサイル兵器や宇宙船を無人工場で作り出し、宇宙空間にまで勢力圏を拡大しようとします。はたして人類と機械の未来に待ち受けるのは、破滅かそれとも平和か?
 ハードSFの醍醐味は、事実と想像力が組み合わされたときにいったい何が起きうるのか、という思考実験の面白さにあると思うのですが、ホーガンの小説にはそれにくわえて、アクションありロマンスあり人間ドラマありと、娯楽要素もふんだんに盛り込まれていて飽きさせません。クライマックスで、合衆国大統領がコロニーに仕掛けられた極秘の最終手段を用いるべきかどうか決断を迫られるあたりは完全にハリウッド映画のノリですし、実際後年の映画や小説にも大きな影響を与えているように思います(この本が書かれたのは1979年)。
 しかし“スパルタクス”がコロッサスやHAL9000、あるいはスカイネットマトリックスなどの“叛乱するコンピュータ”と決定的に異なるのは、あくまで与えられた規則に従って忠実に任務を実行しているだけであることと、そもそも人間という知的存在を認識すらしていないという部分にあります(なので当然人間と会話したりもしません)。
 その“スパルタクス”が人間の存在を認識したときに何が起きるのか?作者が人間と科学に寄せる信頼と、未来への希望が感じられる結末はいま読んでも胸を打つものがあります。 

 ホーガンもほめたという星野之宣によるコミカライズ版も読んでみようと思います。

未来の二つの顔 (講談社漫画文庫)

未来の二つの顔 (講談社漫画文庫)