ジェロニモ

 原案・脚本ジョン・ミリアス、製作・監督ウォルター・ヒルと、名前を聞いただけで硝煙の臭いが漂ってくるようなメンツが90年代初頭に放った実録西部劇。
 少数の仲間を率いて白人と戦い続けるアパッチ族の戦士ジェロニモ(ウェス・ステュディ)と彼に深いシンパシーを感じながら後を追い続ける騎兵隊のゲートウッド中尉(ジェイソン・パトリック)のふたりを中心に、先住民を弾圧する立場ながら彼らに同情と理解を寄せるジョージ・クルック准将(ジーン・ハックマン)、歴戦の勇士であるベテラン斥候のアル・シーバー(ロバート・デュバル)ら時代遅れの誇り高き男たちの姿を新米少尉(マット・デイモン)の目を通して描いた、失われゆく西部への挽歌。
 英雄たちの姿をイノセントな第三者の視線から畏敬と憧れの念を込めて描くという手法は「風とライオン」や「戦場」などのジョン・ミリアス作品ではおなじみのスタイルで、この第三者とは、ベトナム戦争に熱烈に志願しながらも喘息のために従軍できず、以後映画の世界でひたすらに強く高潔な戦士像を追い求めてきたミリアス本人の姿を仮託したもの。
 本作でも苦い結末に滅び行く民族への哀悼の念を込めているように見えつつ、結局「おれたちがみんな銃を取って戦えばこんなことにはならなかったんだよなあ…」とそれまで騎兵隊に味方していたアパッチの男が反省して終わるという、“正々堂々と戦う男たちは常に正しい、そうでないものは生きるに値しない”といわんばかりのミリアスの思想が透けて見えるような着地点を迎えて、時代錯誤と呼ばれるのを恐れない彼の頑固一徹さを感じさせる。
 監督のウォルター・ヒルはこのころすでに往時の勢いを失いつつあったものの、骨太の演出はまだ健在。馬上のジェイソン・パトリックが銃撃を受けるとすかさず乗っていた馬を地面に横倒しにしてバリケードにしながら応射、銃撃戦が終わるとスッと自分を乗せたまま馬を立ち上がらせるという、当時の戦術を再現した場面は見事。盟友ライ・クーダーによる土着的でミステリアスな音楽もいいよ。
戦場-FAREWELLTOTH  [DVD]

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Geronimo

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(余談その1)
 ところで“ジェロニモ”という名前はメキシコ人がつけたあだ名が広まったもので、本名はゴヤスレイ(“あくびをする人”の意)という。ほくがはじめてこのことを知ったのは十代のころに読んだ豊浦志朗ルポルタージュ「叛アメリカ史〜隔離区からの風の証言」からだった。豊浦志朗とは、後の作家・船戸与一の本名である。 この本ではAIM(アメリカ・インディアン運動)、ブラック・パンサー党、日本人移民、ベトナム難民らとアメリカ白人社会との戦いの歴史とともに、白人への復讐者としてのジェロニモすなわちゴヤスレイ像が熱っぽい文章で語られているが、誇り高い民族の伝統を守り抵抗のなかにロマンを求めたスー族やシャイアン族、あるいは生き残るために白人に従ったナヴァホ族らの先住民にとっては、少数精鋭で悪鬼のごとくゲリラ戦を展開し、時には他の部族まで襲撃したジェロニモアパッチ族は異端中の異端であり、現在でもなお彼らのあいだでは忌み嫌われる存在だ、という興味深い指摘がなされている。まだ若かったぼくは、この本にずいぶんと衝撃を受けた。

(余談その2)
 この映画が公開されたころ、洋ピンのパロディ物で「伝説の性豪/ジ・エロニモ」というビデオが出ていた。キャッチコピーは「インディアン、手、抜かない」。まだ若かったぼくは、このビデオに別の意味で衝撃を受けた。