最後の証人

 
 岡本敦史氏があまりに激賞していたので、ついYesasiaから日本語字幕つきの韓国盤DVDを買ってしまいました。送料手数料込みで22ドルちょっと。
 かつて「桑の葉」シリーズで日本でもちょっとしたコリアン・エロスブームを巻き起こしたイ・ドゥヨン監督による、韓国近代史に埋もれた悲劇を描いた重厚なミステリドラマ。1980年の初公開時に検閲でカットされた部分を含む上映時間154分にも渡る大長編なのですが、確かに飽きさせずぐいぐいと引き込んでくれる作品でした。
 定年間近の上司に頼まれ、未解決の殺人事件を捜査することになったやさぐれ刑事が被害者の過去を知る人物を訪ね歩くうちに、20年前の朝鮮戦争直後に起きたある事件を発端として人生を狂わされたひとびとの肖像が浮かび上がり、次第に刑事自身も彼らに深く共感しつつ事件解明へとのめり込んでゆく…この人間味豊かで繊細な面と、非情かつ暴力的な面を併せ持つ主人公の刑事を演じたハ・ミョンジュンという役者がいいですね。顔も声も藤岡弘そっくりだし。
 中盤で殺人容疑をかけられ指名手配された彼を非難する警察幹部に対し、上司の署長が「…この事件の責任はわれわれが見て見ぬふりをしてきたからだ!その責任を彼が代わりに負っているんだ!」と庇うセリフがあるのですが、その言葉のとおりに主人公は歴史の闇に押しつぶされてきた本当の被害者の苦悩をひとりで背負い込み、事件の黒幕に激しい怒りを燃やします。そして執念の捜査によって遂に事件は解決するものの、そこからさらなる悲劇が幕を開け、主人公を徹底的に打ちのめすという終盤の怒涛の展開(しかもいきなり登場人物の心情が民謡に乗せて語られる!)が強烈でした。
 もちろんシリアス一辺倒の作劇ではなく(意図するにせよしないにせよ)笑ってしまう場面もあって、特に主人公がある証人をいきなりボッコボコにぶちのめす場面は、あまりに暴力描写が突発的すぎてテレビの前で大爆笑。あとヒロインに別れを告げる場面のキザすぎるにもほどがある芝居とか…。モグリの屠殺場の男がヒゲ面に全身血まみれで包丁片手に暗闇から不気味に登場するのに、話してみたら普通のいい人だったという展開も印象的です。
 そしてどこか70年代の日本を思わせて懐かしさ漂う、地方色豊かな冬の韓国のロケーションもすごく効果的。
 原作はキム・ソンジョン(金聖鍾)の同名ベストセラー小説だそうですが、実はタイムリーなことに2月25日に論創社から邦訳が刊行されるんですね。ストーリー上の細部で気になる部分も見受けられたので、ぜひ読んでみたいです。
 同じ原作を2001年に再映画化した「黒水仙」は以前に見たのですが、「シュリ」の影響らしく男女のラブストーリーがメインになっていました。そんなに悪い映画じゃないんですが、舞台を製作当時の現代に置き換えたせいで俳優陣(特にヒロイン)の老け役にあまりに無理がありすぎて…ただ、ラストのアン・ソンギの叫びは強烈に記憶に残っています。

黒水仙 特別版 [DVD]

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