牛とバルコニーのはなし(3)

 足音を殺して廊下を走り、外の光が差す玄関までたどり着くと、それまでの恐怖感がうそのように収まってきた。
 ふと見ると、二階へ行く階段のとなりに地下へ向かう渡り廊下のような通路がある。ふたたび余計な好奇心にかられて、通路の奥へと向かってみた。
 しばらく暗闇の中を歩くと、不意に駅のホームに出た。
方向からすればここは崖の中のはずだが、地下鉄という雰囲気ではない。頭上には天井というものがなく、見上げればどこまでも暗闇が広がっていた。
 ホームには数人の客と駅員がいるが、しばらく経っても列車のくる気配はない。見ると反対側のホームの向こうに広場のような場所があって、そこだけがライトアップされて闇の中に浮かび上がっている。
 どうしても気になったので、駅員の目を盗んで線路を横切り、小走りに広場へと向かった。
 広場の中心には吹き抜けになった地下のイベント用スペースがあった。周囲から三々五々に集まってきた人々とともに、下へと降りてみる。
 やがて細長いスペースが人でいっぱいになったところで、周囲を取り囲む壁の上にたくさんの女の子たちが姿を現した。流れてきた音楽とともに声をあわせて歌い始める。見覚えのある顔に聞き覚えのある曲。これは…エイベックス所属のB級アイドルを寄せ集めた抱き合わせユニット若手女性アーティストが大集合した企画ユニット、Girl's BOXだ!

 GIant X'mas 〜友情にリボン〜


 暗闇を背景に、白い衣装で季節はずれのクリスマスソングを歌い踊る彼女たちの姿を下から見上げているうちに、ふいに空恐ろしいような、ものかなしい感情が込み上げてきた。
 この曲に参加していたアーティストのうち、dreamはDRMに改名したりDreamに戻したりEXILEの事務所に移籍したりと迷走を重ねたあげく、フロントメンバーの長谷部優が「女優活動に専念するため」脱退してしまった。SweetSPARADISE GO!!GO!!は歌もダンスも実力があったのに解散・活動中止。嘉陽愛子は“手品のできるアイドル”が売りだったのに一度も手品しているところを見たことがない。長澤奈央ハリケンジャーで一緒だった山本梓に遅れを取ってるし、星井七瀬は「パーマパビリオン」なんてシュールな曲を歌ってた事実はおろか“なっちゃん”だったことすら忘れられつつある。斉藤未知に至ってはそもそも顔と名前が一致しない。
 いずれ、GIRL NEXT DOORも彼女らと同じ運命をたどるのか…そう思うと、急に家に帰りたくなった。人ごみを抜け出し、再び線路を横断してホームに戻ると、あの地下通路を抜けた。
 玄関を飛び出し、トンネル内の傾斜を駆け上り、海沿いの道路を我が家目指してひた走る。いつの日か、あのバルコニーの上で牛糞まみれになった彼女と出会えることを願いながら。
(完)