ノーカントリー

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

ノーカントリー スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

 ちょっと前までテキサスからやってきた青年が地元にいて、何度か話す機会があった。彼はオースティンの出身でテキサス大学で映画について学んだ後に来日。ハンサムなナイスガイなのに「シザーハンズ」とルイーズ・ブルックスを愛する映画オタクで、ラス・メイヤーとかチャールズ・ホイットマンの話で盛り上がる一方、ブッシュもヒラリーもオバマも大嫌いで、正直いまのアメリカには戻りたくないとも語っていた。
 その彼に「テキサスってどんな所?」と期待半分に聞いたら、案の条「テキサスはこわい場所」「テキサスには狂った人間が多い」「テキサスの警官はすぐ人を殺す」と言っていたのを、この映画を見ながらずっと思い出していた(劇中の警官は誰も殺さないのだが)。
 奪われた200万ドルを巡ってテキサスとメキシコを舞台に繰り広げられる暴力の連鎖は、否応なしにペキンパーの「ゲッタウェイ」(ショットガンを買う場面はそのまんま)や「ガルシアの首」を思い起こさせるが、青空の下で殺しあう男たちの乾いたドラマの替わりに、ハビエル・バルデム扮する殺し屋アントン・シガーの存在が全編に渡って暗雲のように不気味な影を投げかける。一方で追われる側のジョシュ・ブローリンも冷静に状況を判断し、生き延びるために知恵を巡らす。この2人の攻防がとてもスリリングで、ジェイソン・ボーンばりに身の回りにあるものを最大限に利用したり、武器や医療品の入手方法など細部のディティールがきちんと描かれているのがゾクゾクさせる。
 映画的なカタルシスを拒否して、ものすごく現実的な結末を迎える後半は正直どうなんだろうと思うのだが(特にあのラスト)、「最近の犯罪はちっとも理解できん」と嘆くトミー・リー・ジョーンズに「今にはじまったことじゃなく、昔からこの土地は厳しい場所だよ」と諭す場面は、テキサスだけでなく「昔は良かった」的な物言いが横行している今の日本でも言って聞かせてやりたくなる。
 正直自分とコーエン兄弟の映画とはあまり相性がよくないのだが、とにかくハビエル・バルデムが画面に現れるだけで不穏な空気がべったりと張り付く様を見るだけでも素晴らしい作品。前述の彼なら、この映画をどう見ただろう?
 コーマック・マッカーシーの原作は未読なので、遅ればせながら明日買いに行こうと思う。